
障害者IT講習会レポート
〜自治体主催による障害者向けIT講習会の講師経験を通じて〜 竹田 英雄
はじめに
平成13年度、横浜市や埼玉県など各自治体おける各種障害者向けコースが、ほぼ1年を通じ、月に4回くらいのペースで開催された。
内容も使用するテキストも基本的には健常者向けのコースのものと同じである。特に障害を意識して作られているわけではない。使用するパソコンもどこででも入手できる市販のパソコンで極力、標準の機能を使って対応する事が前提になっていた。
私こと竹田はこれらの講習会のいくつかのコースにおいて、微力ながらサポータや講師をさせていただいた。肢体不自由者としての経験と、専門学校で非常勤講師をやっていた経験を活かす事が出来ればと思っていたが、新たに覚え勉強しなければならなかった事もたくさんあった。そういう意味では、とても勉強になった講習会であったといえる。
このレポートにその経験を通じて感じたことや、判ったことなどを記す。
肢体不自由
参加者のほとんどが、脳血管障害における片麻痺の高齢者であったため、まず席順に注意を払った。たとえば右片麻痺の場合、座席には自分の左側から座ったほうが座りやすいからである。本人の麻痺がどの程度なのかにもよるが、講座会場に通える程度の障害をお持ちの方がほとんどであったため、この対応でほとんど座席の問題はなかった。
右片麻痺の場合、マウス操作が難しいのでパソコンを左利き用に設定したり、左側にマウスを置いたりして対応した。
また高齢者という事で初期設定では画面の文字が見づらいという意見も多く、ほとんどの場合文字サイズを大きくする必要があった。これは他のコースでも同じことが言えた。
緊張型の麻痺を持った、例えば小児麻痺や脳性まひの参加者で、マウスが利用できないかどうかを確認した後、トラックボールや「らくらくマウス」などを使ってもらい、なるべく入手が困難でない市販のポインティングデバイスを使ってもらう事にした。またマウスの大きさにも配慮をした。
マウスクリック時にどうしてもマウスが動いてしまい、自分に合うマウスがない場合、ポインティングデバイスによる操作はあきらめてもらうのが精神衛生上、いいようである。
車椅子を自分で操作できる参加者の場合、参加者と部屋の広さに制限があったため、一番後ろの席を使ってもらい車椅子でのアクセスが楽なように配慮した。机の高さは固定であったため電動車椅子の場合、離れた位置からの操作になり大変そうであった。
基本的にポインティングデバイスでの操作はかなりの訓練が必要であり、むしろキーボードでの操作の方が楽で、覚えも早い事が確認された。
確かに少しでも手に障害がある場合、そうでなくても高齢者であればあるほど、マウスほど扱いにくいポインティングデバイスはないようだ。
なお、ワードパッドによる文書入力が、一番楽しく出来たようである。
視覚障害(弱視)
全盲の場合、対応策がある程度固定化されているので、ある意味楽なのだが、弱視の場合10人いれば10通りの対応があり、その人その人でパソコンの設定が違う。したがって最初の1時間は、設定のみで終わってしまう。そのためカリキュラムの調整がそのつど必要になる。もちろん、講習中にも設定を変更する事がよくあるので講師はもちろん、サポータもそれなりの知識と経験が必要になってくる。(弱視といっても、ほとんど見えない人や、視野が狭かったり一部が欠損している場合もある。)
画面は黒のハイコントラストでフォントは特大、マウスカーソルやアイコンの大きさも好みに合わせて大きくする。ある程度の大きさで見えない場合は、音声を併用するが、耳が遠いお年寄りの場合はユーザー補助の「拡大鏡」を使った。
パソコンの操作は、基本的にキーボードを中心にしないとカリキュラムに無理が出る。マウスを使うことは最初からあきらめたが、Web閲覧中の「ホイルスクロールボタン」はかなり重宝した。操作を覚えるには少々、練習が必要ではあるが覚えてしまえば、とても便利でかなり使いこなしていたように思う。
講習会で使用したパソコンはメーカーがばらばらであったため、一番下の左から何番目という表現が不可能だったので、まずそれぞれのキー位置を覚えてもらう必要があった。これはマンツーマンでのサポート体制があって初めて実現可能なことである。パソコンを統一したとしてもこの先、自分でパソコンを購入したときに困ってしまうこともあると思われる。よく使うWindowsキーやAltキーなどは、触ってすぐわかるような工夫を施していただきたい。(もちろん、統一してもらわないと困るのだが。)
なお少しでも見える人に音声併用を勧めるのは、自尊心を傷つけることにもなりかねないので細心の注意が必要になる。
聴覚障害
今回担当させていただいた会場には手話通訳や要約筆記をする人たちがそろっているため、情報保障を確保するための環境は一通りそろっていた。しかし、普段、聞きなれないような単語を手話で表現するのは困難であり、どうしても指文字での通訳になってしまうため、講師は手話通訳のスピードを常に意識してしゃべる必要があった。またよく出てくる単語の場合は、日本聴覚障害者コンピュータ協会編纂によるIT用語の手話より抜粋して、統一して使う事にした。
また普段手話を利用している聴覚障害者の中には、年齢に関係なく普段から指文字を使わない人も結構いる。指文字は便利でよいのだが、こういった時にとても困る。しかしこのような講習会はIT用語の手話を広める絶好の機会になると思うので、自治体や聴覚障害者各団体にはもっと活用することを考えていただきたい。
また手話通訳者はITの専門家ではないため、正しく伝えきれていない可能性がある。講師やサポータは、少なくとも多少の手話を理解しておく必要がある。実際、正しく伝わっていないためか、見当違いな質問が出ることが多かった。それまでの説明がまるで意味をなさず、最初からやり直す結果になるので、少なくとも講師はある程度の手話を知っておく必要がある。
当然ではあるが、手話通訳者や要約筆記のメンバーとは、事前にきちんとした打ち合わせをしておかなければならないだろう。
なお、手話通訳者の中には、講師が手話を使うことをあまり快く思わない人もいることを忘れてはならないだろう。
ほとんどの参加者は目に頼って講義を聴いているので、サポータは講習中必要以上に動いてはならない。ちょっと横切っただけでも手話を見逃したり、気が散ったりしてしまうからである。普段から目に頼った生活をしている人たちにとって、こういった反応はある意味、本能に近いものがあるので十分に配慮すべき点であろう。また講師は必要以上に抑揚をつけたり、顔を下に向けたりしないように注意するのは言うまでもない。
スピードに制限があり、(これは通常、健聴者でもそうだと思うが)一般的でないIT関連の表現はなかなか理解しにくいため、カリキュラムにはそれなりの余裕が必要になる。通常のコースと比べて、内容も簡略化しなければならない事が多かった。
最後の時間に、簡単なアンケートをWebにつないでやってもらうのだが、今回担当させてもらった手話利用者のうちの半数が、その内容の意味を正確に理解できなかった事を付け加えて記す。
今回のIT講習会で一番、対応を真剣に考えなければならないと思ったのが、この聴覚障害者向けコースだった。
知的障害(プラス視覚障害)
昨年の最終回にて、弱視でさらに知覚障害を持った参加者がいたため、個別対応が必要になり講師をやらせていただいた。参加者は20代の男性で、作業所にて単純作業を時々やっているらしい。家族(母親)が同伴者として付き添っていたので、家族の方にも今後のサポートができるような形で講義を行った。
障害の重さにもよるのだが、まずは講師になれてもらうことと、なついてもらうことが大事である。なついてもらわなければ警戒してますます講義にならないからである。まず敵ではないことを理解してもらうため、最初の何時間かは少し捨てる覚悟が必要になるだろう。
一緒に体を動かしたり(特に指先や手先)遊んだりして馴染んでもらい、少なくとも講師の名前を覚えてもらう。それにどれくらいの時間が必要になるかは障害の程度にもよるだろうが、カリキュラムを決めるためにもなるべく早めに切り上げる必要があるだろう。
強度の弱視を併用していたので、見た目で興味を引くようなことはできなかった。そのため、今回は音を使ってパソコンで楽しめることを体験していただいた。
また他の弱視者と同じように、キーボードの位置を覚えてもらうことに時間を費やした。多少、時間を使ったとしても、その後の講義がスムーズに行えるようになるので、なるべくしっかりキーボードの位置を覚えてもらう必要があるだろう。
4日間、最初の時間はその練習に使ったが、最終日にはだいぶ覚えてもらえたようである。
飽きが来ないようにクイズ形式にしたり、なるべく遊び感覚で覚えてもらう必要もあるだろう。
本人に妙な先入観が最初からないためか、家族が驚くほどパソコン操作を覚え簡単なWeb閲覧くらいならできるようになった。
全体を通して
障害の種類によって対応するべきことがまるで違うためコース分けをしたが、受付があまりよく理解していなかったらしく、実際に本人が来てみないと状態がわからないということが多々あった。
視覚障害コースに聴覚障害者が来ていたり、その逆もあった。また、聴覚障害コースではどういった情報保障が必要なのかが判らなかったため、対応のしようがなかった事もあった。
プライバシー保護のためということだったが、最終的に困るのは受講者なので事前になるべく詳しい障害の状態を知らせてほしかった。
またあまり予算をとっていなかったらしく、講師やサポータの確保がとても難しい状態であったようだ。
このような講習会は非常に有意義なものなので、この先もぜひ続けてやっていただきたい。また内容的にも「続き」になるような講習会もぜひ企画していただきたい、という声も受講者の中からいくつか聞くことができた。
今後の行政サイドの適切な対応が望まれる。
個人的には、聴覚障害者を取り巻く様々な問題がとても根深いことを痛感した。聾学校などではある程度の国語力がつくような教育を、もっとしっかりやっていただきたいと思う。
このような講習会があって参加したとしても、あまり理解できずに終わってしまうのはあまりにも無慈悲である。