「掌の中の宇宙」

私は、長年盲学校で美術を担当してきた。
その経験から、目が見える人も、目を閉じて造形に取り組むという
ワークショップを始めるようになった。

この試みは、もう10年近く続いている。
最初、はどのような意味を持つのか、
私の中で明確に捉えられていたわけではないが、
視覚芸術といわれる美術に、視覚を使わないでアプローチをすることにより、
今まで気が付かなかったことが見えてくるのではないかと、密に考えていた。
このワークショップに参加したことのある方が、
チンゲンサイを目を閉じて、手で見て制作したとき、
次のように感想を述べられた。

目を閉じて、手で触れると、物の雰囲気をとても感じることができる。
チンゲンサイは、ふくれあがっていくイメージだ。
中からふくらんでくるエネルギーを外で受けとめると、
生命は生きているという感じで、とても幸せな気分になった。
チンゲンサイがいとおしく思えた。
内から沸きあがるエネルギーを感じて、はじめて形になる。
私は、かたちはつくるのもだと思っていたが、
本当ははじめからあるものなのだと気がついた。
かたちは、はじめは、みえないのだ。目をとじて、はじめて、それが見えた。

ここで述べられている、「生命が生きている」ということを頭で考えるのではなく、
触れることにより直接体で感じることができたということは、
とても大切だと思う。
人は本当に感じることによって、
理解するということが、そのひとのものになるのだが、
視覚に頼りすぎると表面的な理解にとどまり、
わかっていると思いこんでいることも多い。

この「視覚」ということばを「知識」に置き換えてみれば、
さらにその意味は広がりを持つ。

アーティスト 西村陽平

実行委員会よりひとこと・・・・

今回は、触覚を目ざますために、特別に千葉盲学校の生徒さんが作った粘土で作ったアートを触わることができます。
現代美術アーティスト西村陽平氏は、一度も目でみたことのない子供達とたとえば、「飛ぶこころ」というテーマで、粘土細工の工作の授業をされてきました。まず、飛ぶとは何か、鳥とは何かから会話をはじめます。その時にもっとも大切なことは、子供達に粘土の量を規制しないこと。ときには、何らかの音を鳴らして、聴いた音、聴覚をイメージでもって触覚アートに生まれ変えていきます。それを私たちが触れ、その音を聴きます。なんと素敵なことでしょう。そうして出来上がった作品をこれまで何回か触わらせて頂いていますが、その前にどうしても目でみてしまうので、今回は、一番いい状況で彼らのイメージと対話できそうで楽しみです。

前のページへ トップページヘ 次のページへ

ご意見・ご感想は reimei@udit.jp まで。
<(C) UDIT 1998,1999>