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X8341-4

ここでは、2005年10月に新たにJIS規格として公示された電気通信機器に関する高齢者・障害者配慮設計指針であるJIS X8341-4について解説したい。この文章の筆者である榊原はこの規格の執筆委員の1人であり、携帯電話に関する項目を中心に規格の制定に関わった。

1.はじめに

情報社会の中で電気通信機器の果たす役割は、日常の生活を支える社会インフラとして欠かせぬものとなっている。従来の電話回線による音声通話やFAXに加 え、インターネット回線を利用したIP電話機やテレビ電話機なども一般に利用されるようになり、これまで以上に多様な通信手段を利用出来るようになった。
また携帯電話機においては、利用者数の増大と共に端末やサービスによる企業間の競争が激しくなり、様々な機能が搭載された小型の端末が登場するようになった。
これらの電気通信機器が高齢者や障害を持つ人にとって非常に有効なことは既によく知られている。電話機の発明が視覚障害者の社会進出を推し進め、FAXな どの文字伝送通信が聴覚障害者の情報交換を変えた。さらに携帯端末を介した電子メールは、いつでもどこででも文字通信によるやり取りを可能にしたことは彼 らにとって画期的であった。独居老人が安心して生活出来るのも、万が一の際の連絡手段が確保されているからである。

図1 障害別に見た情報通信機器の利用率

画像:グラフ1
このように日常生活に欠かせぬものになりつつある電気通信機器が、高齢や障害を理由に利用できないということがあってはならない。
しかしながら図1(参1)に よれば、いずれの障害においてもパソコンやインターネットの利用率に比べ、携帯電話機や携帯電話機を経由したインターネットの利用率は低い。これは、パソ コンであれば適切なアシスティブテクノロジー(支援技術)を使用すれば、利用可能になる場合が多いが、携帯電話機のような電気通信機器では、そのようなア システィブテクノロジーを効果的に利用することが出来ないなどの理由などが考えられる。

図2 世代別携帯インターネット利用率

画像:グラフ2
また、図2(参2)からは高齢者層において利用が進んでいないことが見て取れる。
このような問題を解決する1つの手段として、高齢者・障害者等に配慮した設計配慮指針の標準化が、今後ますます重要になっていくと考えられる。

2.JIS化の背景・経緯

郵政省(現 総務省)と厚生省(現 厚生労働省)は、情報通信の利用による障害者・高齢者の福祉を増進する観点から、97年11月より「ライフサポート情報通信システム推進研究会」を開始し、98年6月の最終報告(参3)に おいて、障害者・高齢者の情報通信の円滑な利用を可能とするために電気通信設備が備えるべき機能を示す指針(アクセシビリティー指針)を提示する共に、指 針の普及・定着のため、関係機関による運営協議会を設置することが提案された。これを受け郵政省(現 総務省)は、提案された指針は電気通信事業者等が電気通信設備を開発・整備する際に配慮すべきものであり、その趣旨の実現のためには多くの民間企業等に指 標として利用される必要があることから、広範に周知することを目的として電話機やファクシミリ、モデム、携帯情報端末(PDA)などの電気通信設備に求め られる機能の指標として「障害者等電気通信設備アクセシビリティ指針」(郵政省告示第515号)(参4)を告示した。

この指針の普及・定着のために電気通信アクセス協議会が設立され、具体的な方策が検討された。その結果として2000年7月に「障害者等電気通信設備アクセシビリティガイドライン第1版」(参5)がまとめられ、公表された。
その後の技術動向の変化や国内外で起こったアクセシビリティに関する標準化の動きに合わせて、前述のガイドラインが改定される運びとなり、「情報通信アクセス協議会」から2004年5月に「高齢者・障害者等に配慮した電気通信アクセシビリティガイドライン 第2版」(参6)が公表されるに至った。
JIS化については、情報通信アクセス協議会が関係者と調整を行いながら実施することになり、経済産業省に対して工業標準化法第12条に基づき申請を行っ た結果、これが受理され、2004年度にJIS原案の作成作業を進めることとなった。この作成作業には改定された「高齢者・障害者等に配慮した電気通信ア クセシビリティガイドライン 第2版」に基づき、共通指針(JIS X8341-1:2004)等の内容を踏まえるとともに、ITU-T他諸外国の動向も調査するほか、広く意見を取り入れてJIS化の検討が進められること となった。

平成10 年11 月19 日、「電気通信アクセス協議会」の名称により発足したが、平成15 年7 月16 日、「情報通信アクセス協議会」と改称した。

3.本規格の位置づけと基本方針

「高齢者・障害者等配慮設計指針」は3つの階層から構成されており、第1層目は「JIS Z 8071:2003 高齢者及び障害のある人々のニーズに対応した規格作成配慮指針」、第2層目はすべての情報通信機器・サービスを対象とする「高齢者・障害者等配慮設計指針 -情報通信における機器、ソフトウェア及びサービス-第1部:共通指針」、そして第3層目は製品・サービス別個別規格であり、本規格は「高齢者・障害者等 配慮設計指針-第4部:電気通信機器」として、この第3層に位置づけられる。
なお現在検討中の規格であることから、以下に述べることは主に高齢者・障害者等に配慮した電気通信アクセシビリティガイドライン第2版に基づいて解説することにする。また今後の検討によって内容が変更になることを予め断っておきたい。
JIS原案策定においては、筆者は特に次のような点を重要視して内容を検討している。

(1)詳細な規格と表現

配慮要件の概念などは共通指針(第1部)で述べられているので、これらの重複をさけ電気通信機器に関する規格として、できるだけ詳細な規格とする。

(2)機器に固有の記述は避ける

JIS規格の改定間隔を考慮して、本規格では、技術の進歩が早い製品・技術に関しても対応できるように考慮する。

(3)附属書(必須)による機器の詳細な基準の記述

JISの本文で詳細な記述を避け、附属書によって一般的な電気通信機器(固定電話機・ファクシミリ・携帯電話機・テレビ電話機)の4つに関する詳細な基準を定めようとしている。

(4)必須と推奨

原則的にすべて要件を必須項目とし、技術的にまたは経済的等の理由により実現不可能な項目に関しては推奨とする。 各項目の要求レベルについては、原則として、実現されないと基本機能を使うことができない利用者がいると判断される項目は「必須」、その他の項目は「推奨」とする。

(5)ニーズ中心の記述

多様な心身機能及び構造を考慮することで、高齢者や障害のある利用者だけでなく、様々な利用環境でも利用できるようなユニバーサルな規格を目指す。

(6)人間中心設計

機器の基本機能が高齢者や障害のある利用者に使えることを確認するために、配慮すべき要件とともに、機器の企画・開発・設計及び評価に関するプロセスについて規定する
1)本規格は、本体及び附属書から構成し、本体では多様な電気通信機器に対応できる共通の要件を記述し、附属書(規定)によって主な電気通信機器に対し個別に配慮すべき要件を詳細に記述する。
2)新しい概念の電気通信機器や、既存の機能が複合化した場合でも、それらの機器に適用できるよう考慮する。なお、今後、個別製品群に関する規格類(JIS、業界規格など)が制定された場合は、それを参照することとする。 またこれらはJIS Z 8530の人間中心設計の考えに基づいて検討されている。

(7)附属書(参考)による解説

操作手順ごとに配慮すべき内容を把握できる「障害別配慮ポイント」を附属書(参考)として提供する。これによって開発者がどの要件を製品に反映すべきかを 容易に理解できるようにした。その要件をどのように実現するかは設計者が判断する。したがって、本規格におけるすべての「必須」要件を反映することを求め ているわけではない。

(8)サービスの扱い

電気通信機器を利用する場合、機器に対する配慮だけでは十分ではなく、電気通信サービスに関しても十分な配慮が必要である。日本工業規格(JIS)は機器に関する要件を定める規格であるため、電気通信機器に必要な配慮要件のみを記述する。
1)ユーザー、支援者、流通機構、訓練機関が必要とする製品の情報だけでなく、製品を使う際に必要な各種サポート情報の提供もこの規格に含める。
2)メーカや販売店におけるサポートに関する配慮項目も重要な要件であり、取扱説明書や問い合わせ窓口などについても言及する。

4.本規格の構成

この規格の構成は、基本原則、一般的ガイドライン、システムの入出力に関する要件、製品説明情報の要件、サポートの要件の五つの章からなっている。 最初に4章“基本原則”で情報アクセシビリティの原則事項を示し、次に“一般的ガイドライン”として全体的な要件、更に“システムの入出力に関する要件”、“サポートに関する要件”における具体的な内容を記述している。これを図で表すと、以下の図3のようになる。

図3 全体構成図
画像:構成図

次に各項目を述べる。

5.適用範囲

本規格は、高齢者と障害のある人を含む身体能力、知覚能力及び認知能力の低下したすべての人に対し、情報処理機器、ソフトウェア、インターネットなどの情 報処理装置及びその周辺装置等のアクセシブルで使いやすいインタフェースを設計・開発する場合、及び購入に際する要求仕様の策定や評価方法の策定の指針に ついて規定している。
新しい概念が次々と出現し、製品の境界の定義が困難な状況であり、情報家電のように日常生活製品と情報処理機器等が統合され、情報処理機器と類似する点が 多くなりつつある。対応規格が制定されていない領域の情報処理装置及びその周辺装置等に対しても、これらの機器の開発や評価に際し、この規格が参考になり 得るものと考えている。

6.基本原則

ここではアクセシビリティを向上させるために、全ての電気通信機器が守らなければならない基本原則を述べている。

7.企画・開発・設計における要件

ここでは電気通信機器を開発する際に考慮しなければならない一連のプロセスに関して述べている。JIS Z8530の人間中心設計プロセスをベースに記述される。また参考として、附属書(1~4)の利用の仕方について解説が述べられている。

8.機器に関する共通要件

端末機器に関する共通要件に関して述べた章である。

9.サポートに関する要件

メーカや販売店におけるサポートに関して配慮すべき項目を述べた章である。取扱説明書や問い合わせ窓口などについて言及するほか、サポート上知りえた個人情報は、障害に関する事項も含めて保護しなければならないことなどについても述べている。
また、通信に関わるサービスに対しては明確に区別しており、ここではそれらに関する記述は行っていない。

10.附属書

附属書は、規定として付けられた個別の機器に関する基本機能と配慮事項に関して述べた1-4の部分と、参考として付けられた5-7の部分に大きく分かれる。
個別の機器として取り上げたのは以下の4つである。
・固定電話機
・ファクシミリ
・携帯電話機
・テレビ電話機
附属書では、これらの機器に特有の配慮項目に関して述べている。
また企画・開発・設計の段階で検討を行う際の手助けとなるように、それぞれの機器の基本的な操作を、操作の手順に従って並べ、利用者が操作する際の心身の機能の特性に応じた配慮の必要性の有無を確認した表を添付した。
参考として付けた5、6は人間工学的な配慮に関して解説したもので、5はヒューマンファクターズに関して、6は高齢者・障害者の心身機能に関しての解説である。7は他の規格との位置づけについて述べた部分である。

11.今後の課題

本規格に関しては以下の課題があると考える。

(1)サービスについて

電気通信に関しては機器や端末に限らず、それに伴うサービスに関しても、十分な配慮が必要である。しかし、工業標準化法は機器に関する標準化を定めたものであることから本規格の中でサービスに関する記述を行うことは難しい。

(2)他の規格との整合性について

1台で複数の機能を内蔵する複合機が多く開発されるようになっている。これらの製品を開発する際に、電気通信機器に相当する機能と、その他の機能との間で アクセシビリティに対する対応が異なれば、製作者側にとっても利用者側にとっても大きな負担となる。このため、規格を作る際には、先行する情報処理機器や ウェブに関する個別指針を鑑みることが重要である。また、後に続く規格を考慮することも重要である。

(3)新技術への対応

技術の進歩が早い製品に関しては見直し期間が長いJISの中で標準化を行うのは難しい。そのため、本規格では基本方針の中で述べたようにできるだけ技術の進歩に耐えられるように、本文での機器に関わる詳細な説明を廃し、付属書で固有の機器の解説を行っている。

(4)国際規格への対応

米国のリハビリテーション法508条や電気通信法255条など、既にある海外の規格との整合性を取る必要がある。これは日本製品を輸出する際に、国内の基準と輸出国との基準の間に差異があれば、対応するために開発者に対して負担をかけることになるからである。

(5)認証方法

この規格に適合しているかどうかの判定や認証方法について議論が行われたが,自己適合宣言方式を指示する意見が多かったものの,具体的方法論について更に検討を要する事項が多く,結論を得るに至っていない。
この問題については現在でも情報技術標準化研究センター(INSTAC)によるワーキンググループの中で検討が進められている。

(6)障害の定義

障害者の定義をどうするかについては,障害の内容が極めて多様であり,単純な定義では,多くの障害者を排除するおそれがある。このことから,情報処理装置 及びその周辺装置等を利用するときに遭遇する困難さの例を附属書1(参考)に示すことによって,代えることとなった。この問題は同時に(5)で提示した認 証にも関わる問題であり、上記のワーキンググループ内でも議論が進められている。

国際規格化

JIS X8341-4のベースになった電気通信アクセシビリティガイドライン6)を元に情報通信アクセス協議会(事務局:CIAJ)は、総務省と連携して ITU-Tにおける電気通信アクセシビリティガイドラインの標準化に取り組んできた。2006年11月のSG会合において勧告案が合意され承認手続きを経 て、2007年1月にF.790として勧告化され国際規格として認められることになった。
規格文書に関してはITU-Tのサイトから購入することできる。
国際規格になることによって、今後海外での対応がより具体的になされることを期待する。

参考文献
1)総務省郵政研究所(現総務省情報通信政策研究所)「障がいのある方々のインターネット等の利用」に関する実態調査」により作成
2)総務省 「2003年度通信利用動向調査」を元に作成
3)情報通信の利用による高齢者・障害者の生活支援~「ライフサポート(生活支援)情報通信システム推進研究会」報告~
4)障害者等電気通信設備アクセシビリティ指針
5)障害者等電気通信設備アクセシビリティガイドライン第1版
6)高齢者・障害者等に配慮した電気通信アクセシビリティガイドライン 第2版

なお、この文章はヒューマンインタフェース学会誌特集企画に寄稿した原稿を元に、現在の状況を加筆修正したものである。2007年5月 榊原直樹


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