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スローなユビキタスライフ感想文

吉成 信夫 氏  県立児童館いわて子どもの森館長

宮沢賢治は、森からの贈与をたしかに受け取っていたひとだ。北岩手の山里に移住してから、自然と深くふれる中で、突然、なにかを贈与されたとしか思えない 瞬間がこれまでに幾度もあった。言葉にできない大事ななにか。そのひとつが、私の場合、虹だった。登場人物の孝志のように、もうどうしようもなくまちから 逃れたくて車を走らせたことがある。突然、見たこともない巨大な虹が雨上がりの田んぼの真ん中ににょっきり現れた。あんなに太い虹の付け根を見たのも初め てだった。なぜか、私を祝福してくれているのだと心底思えた。こんなに苦しい時にこの虹は私のために出てくれたのだ、と。誰も私を理解してくれなくても、 そうやって岩手の自然はシグナルをおくってくれているのだと、初めて本当に思えた。

この作品を読んで、何度も心が震えた。ひとは独りでは生きられないこと。自然は厳しいからやさしいのだということ。言葉にならない声、呻き、哄笑、怒り、 失望、だれの胸の内にもある、からだを深く衝き動かすもの。土に根ざすことの安心感。

ひとがあってこそのIT技術とはよく言われる話だ。でも作者は、見えないものを探り、まちの重層的な時間の記憶を可視化し、ひととひとをつなぐ道具として のルイカを紡ぎ出した。都市を脳にたとえるならば、地域は無意識の集合する身体、ともいえるだろう。無意識の記憶の底から、豊かな地下水に似たなにかを汲 み出すのだ。未来は、あたたかく、どこかなつかしいものであってほしい。そう語りかけてくる。映画ブレードランナーが描き出したような酸性雨の降る近未来 都市では、断じてないはずだ。

土に根ざすこと、過去の先人の生の営みも含めたひととともに生きること、つまり根っこをもつことの安心感を私たちは求めている。しかしそれだけでは足りな い。ただ、縄文の昔に回帰することなどできないからである。根をもちながら、翼を持つことが同時に成り立つようなよいバランスを創りださなければならない のだ。翼とは、ルイカのような、境目を軽々と越境できる道具と言い換えることも可能なのかもしれない。

贈与を受けた喜びを知るものは、また新たな贈与を繰り返す。