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第二章 冬の章「贈り物として」

4.コンセンサス(その1)

 高布町は大騒動になっていた。町役場に動転した岸上一家が駆け込んできてから、すでに三時間が経過していた。今日中に見つからなければ、たっくんはもち ろん、孝志の命も危ない。あのとき、岸上ママは、たっくんを降ろそうとして一度はチャイルドシートをはずしかけた。だが、たっくんはよく眠っていたし、孝 志が残るという話だったので、外の雪にさらすよりもヒーターのついた車内に残すほうがいいと思い、由梨ちゃんだけを連れて病院へ行ったのである。いつもな らもちろん連れて行くのだが、孝志がいるから、と思ったのだ。いったい、何が起きたのか?誰かが連れて行ってしまったのか?街は不審な人物を見なかった か、ルイカに情報提供を呼びかけた。
 だが、その不安は、駆けつけてきた雪夫の話で別のものに変わった。孝志は雪夫の車を勝手に運転したことが何度もあったのだ。雪夫は岸上一家に土 下座して謝った。身の置き所のないような落胆ぶりだった。岸上夫婦は何もいえないといった表情で、ただ、祈り続けるばかりだった。雪夫を責めても子供が戻 るわけではない。いつまでも泣き崩れている雪夫を、圭吾と香成が抱き起こした。
「探しましょう。悲しんでいる暇はありません」
 香成がきっぱりと言った。町役場の統合GISの電光掲示板の前で、緊急のコンセンサス会議が収集された。町中の意思決定権を持つ住人に、ルイカ を通じて状況が報告され、情報収集と発信が要望された。議会は町議を打ち切って捜索に協力することをルイカのコンセンサス機能で一瞬で可決し、消防署や警 察、学校などの関係各処への情報共有に専念することになった。
「岸上さん、あなたの車のGPSは、なぜ作動していないのですか?」
 香成は努めて穏やかに言った。言い方によっては岸上パパを激怒させかねない。だが、いつもなら位置情報を普通に発信している岸上家の4WDが、 なぜか今回に限って全く情報を送ってこないのだ。
「それは・・・・、よくわかりませんが、もしかしたら・・」
「何でしょう?考えられるものを全て教えてください」
 尋問のようにならないよう、香成は柔らかに聞いた。外は吹雪いている。
「あの、わたしは実はGPSのスイッチとカーラジオを連動させていたので、もしかしたら孝志くんはそれを切ったのではないかと・・」
 ルイカにつながっていた人々の間に、ため息がもれた。GPSは、プライバシー保護のため、当人だけが設定を特別に制御できるようになっている。 自分の好みに応じて車のなんらかの機能と連動させるような設定も可能なのだ。でもそれは、普通はラジエーターだったり、走行メーターだったり、あまり自分 の意思では動かせないものにすることが普通だった。盗難のときに困るからである。だが、岸上パパは、自分や妻が運転するときは必ずラジオをつける習慣だっ たので、いつもこの設定で使っていたのだ。
「となると、孝志くんは、ラジオをつけずに走っていった可能性が高いですね。駐車場でぷっつりと走行データが消えています」
「どこへ行ったんでしょう?」
 岸上ママが泣き顔で聞いた。たっくんがいなくなってからずっと泣き続けている。
「孝志くんの運転歴から行って、遠くへは行っていないはずです。高速には乗っていないでしょう。ETCで車両ナンバーが把握できることは彼も知っ ているでしょうし、降りる時に検問でひっかかる可能性もわかっているからです。きっと山の中の小道に入っているのではないかと思います」
「おむつもミルクもないのに、ああ、たっくん、たっくん」
 岸上ママはそういってまた泣き崩れた。由梨ちゃんが懸命に母の手を握っているのがいじらしかった。

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