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第二章 冬の章「贈り物として」

4.コンセンサス(その2)

 高布町の全体の電子地図を前に、関係者の協議が続いていた。ヘリコプターを出して上空から捜索するか、地域の住民で考えられるルートを割り出し地上から 捜索するか、激論となった。ヘリコプターでの捜索には三百万円はかかる。いくらかかってもいいから、と岸上家は承認したが、時間的にも天候としてもヘリで の捜索に向いているものではなさそうだった。では、地上から住民総出で捜索するか?町民の合意、コンセンサスを取る瞬間が来た。その町の中で、住民決定に 投票権のあるすべての町民がルイカを持った。
「情報はお伝えした通りです。ヘリでの探索か、住民総出で探すか、ご意見をください。ヘリでの捜索には、街の予算では足りないので、みなさんの感 謝券から寄付していただくことになります。」
 町長の声に、ルイカを持つ全員がルイカに表示された投票ボタンを押した。電光掲示板に一瞬で集計され表示される。同じ結果が全員のルイカにも出 された。
「ヘリ探索4,240票、住民による探索9,456票、よって、住民総出で探すことに決定されました。ただし、みなさんの感謝券を寄付してくださ るというお申し出も同時に多数寄せられています。ありがとうございます。天候の問題もありますので、まずはヘリ以外で地上から探すよう、全力を尽くしま しょう。みなさん、捜索方法や情報収集のための臨時会議室をルイカ上に設けます。これを見ながら捜索に参加してください。」
 町長の声が響いた。動ける立場の町の人々はみな、ルイカを持って、車に乗り込んだ。町の各所から情報や提案が送られてくる。
「三時十分ごろに、黒い4WDと轟峠ですれ違ったが、あれは岸上さんの車じゃなかったかねえ」
「いや、うちもそのころ通ったからうちかもしれん」
「おたくの車の、雪の中のイメージをデータとして送ってくれんかね」
「了解。岸上家の車の、雪の中で撮影した印象も、誰か持っていたら会議室にアップして」
 たくさんの情報が、臨時に設けられた電子会議室の中に積み重なっていく。
「この林の道にわりと新しいタイヤの跡を発見、だがすでに車種の特定は困難」
といった情報も、ルイカのここメモ機能を使って写真と位置情報付きで送られてくる。香成たちは、そうした個々の情報の積み重ねを、時間軸と空間軸 で可視化し、どの地域に車が行った可能性が高いかを割り出すのに全力を傾けていた。
「翼くん、孝志くんはルイカを持って出ているだろうか?」
「ええ、僕もそう思って連絡をとったのですが、電源が入っていないようです。岸上さんに今、家に戻ってルイカを探してと頼むのもなんだし、もし見 つかったらもっと落胆するでしょうから」
「そうだね、その通りだ」
 憔悴しきっている岸上一家と雪夫を見ながら、香成と翼はルートの特定を急いだ。夜が暮れてしまう前に助け出さなくては。外を、ごうっという音を 立てて、大きな風が通り過ぎていった。

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