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第一章 秋の章「温泉地の秋」

6.街を歩く(その1)

画像:イメージ写真  翼たちは、あまりにも元気な祖父母の姿に圧倒されて、午前中は街を歩くことにした。出てくる前に、東京で、列車の中で話していたさまざまな不満や不安 は、なんだか、どうでもいいような気になり始めていた。空気はいいし、食べ物は美味しいし、そして、なんだろう、なんだか、すごく開放感がある。どこか暗 かった父も、疲れていそうだった母も、次第に柔らかい表情になってきている。
 街を歩いていると、すれ違う人が、みな挨拶をしてくれるのに気が付いた。軽く会釈をしてくれるひともいれば、「信子さん、ようこそ」「幸平さ ん、おはようございます」と、名前を呼ぶひともいる。たった一週間しかここには住んでいないはずなのに、どうして街のひとは祖父母のことを知っているのだ ろう。きつねにつままれたような顔をしている翼たちに、祖父はまた、ルイカを見せた。

 『幸平さんの日本酒講座』なんと、祖父は街のオンライン市民講座に、日本酒の蘊蓄を語る講座を開講していたのだった!同じ趣味の方と会 話するような肩のこらない小さな読み物だが、北海道から九州まで仕事で遊びで飲み歩いたさまざまな日本酒の話題が、多いときは毎日四回も更新され、結構、 読者がついているらしい。
「おかげで、どこの飲み屋でもVIP待遇でね。いやあ、芸は身を助くとはこのことだね」
 翼たちはもちろん、空いた口がふさがらない。呑み助が芸かどうかは、議論があるだろうが、しかし、ルイカにはこんな情報発信機能もあるのか。
「日本酒の名前や地名を声で検索して関連情報を呼び出したら、後はそれにわしのコメントを音声で追加して、ページを編集するだけだから、わしでも できる。そんなに難しくなんか無いぞ」
「ええ、私だってできるんですよ。遼子さんみたいな、優しいお嬢さんが親切に使い方を教えてくれるから心配ないの」
 祖母もいそいそと自分のルイカを出してくる。
 『信子さんの薦める今日の和菓子』ううむ、おばあちゃんは和菓子で来たか…。今日、街で見つけた地元の美味しいお菓子を紹介しながら、これまで 食べ歩いてきた各地の銘菓を紹介もしている。日本各地から集まってきている移住者たちや地元の方がまたコメントや情報を追加する、という方法で、これも順 調に読者が増えているらしい。
「この街には古くからのいい和菓子屋さんもたくさんあってそれも紹介したいし、ほんとは自分で作った和菓子を出したいの。いい材料も手に入りそう だから、作り方も教えられたら嬉しいのに」
「これって、町のホームページに出るわけ?」
「そうだよ。街の情報は、街の人が一番しっとるからな。街のひとが情報を出して、それにみんながコメントつけて、より良く編集したり、情報を掘り 下げたりするんじゃ。ルイカでも読めるし、別にパソコンからでもかまわん」
「でも、それって、町のホームページをみんながボランタリーで作っているってこと?」
「別にタダじゃない。ちゃんと報酬はある」
「え、お金をもらってやっているの?」
「現金じゃない。地域通貨だ。でも、ここの通貨は他とちょっと違う」
「どんなふうに?」
「共感ボタン一回押せば、感謝券一枚が発行される。で、それは基本的には金では買えんものにしか替えられん」
「は、たとえば?」
「感謝一回分、とか、ボランティア二回分とかなんじゃ」
「なんだか、それって、子供の頃の『お手伝い券』みたいなもの?」

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