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科学技術、ものづくりの発展を担う人材育成を

年も押し詰まってくると、予備校の冬期講習の広告が目立つようになる。受験生とその家族は、神経を削る日々が春まで続くのだろう。学歴不問の社会とか言いながら、国の委員会や学会の入会審査にはしっかり学歴を聞いてくるのだから、どこか矛盾を感じる。だが、企業の中では、ほんとうはみんなわかっているのだ。いい大学を出ただけでは、仕事ができるとはいえないこと、そして一生安泰とはいえないことも。

学校と社会では求められる能力が違う

ITメーカーで働き出した頃、企業人として最も重要な能力は、問題の発見・解決能力だと知った。変化する社会情勢と技術動向を見ながら、押し寄せる顧客の要望に応え、最適な解を導き出す。偏差値も学歴も通用しない。どこにも模範解答はなく、全く前例のない決断もしなくてはならない。 

記憶力に頼って受験や大学の試験をくぐりぬけてきた私には、学校と社会で求められる能力がこれほどまでに違うことが衝撃だった。充分な社内教育のおかげで問題発見・解決の面白さに目覚めたが、いま、産業界では新卒をそこまで教育する余裕はないかもしれない。

学校側が変わればいい

企業側が難しければ、学校側が変わればいいのだ。横浜市が設置を進めている鶴見の科学技術高校は、問題解決能力の育成に重点を置いたユニークなスーパーサイエンス&テクノロジーハイスクールを目指しているという。私は今年、このアドバイザーを無謀にも引き受けたが、日本の科学技術教育の状況を知る貴重な機会となった。 

この学校は、鶴見工業高校をベースとしているが、まったく新しい理数系を重視した専門学科高校になろうとしている。地域に密着した課題の発見や解決を中心とした体験的学習を柱とし、企業・大学・地域と連携しながら、将来の科学技術やものづくりの発展を担う人材を育てる予定だ。

新たなベンチャーが生まれる場にも

計画を聞きながら、私はうらやましくて仕方がない。子どもの頃、理科や数学をもっと楽しんで学べていたら、科学技術への関心はもっと高かったかもしれない。 

高校生のお兄さん、お姉さんが、学校にきて科学実験や環境調査を一緒にやってくれたら楽しいだろうな。近隣の水質検査を市民と一緒に行なえば、地域のエコロジーへの感覚も変わるだろう。週末には彫金や七宝の教室が開かれて、シニアでにぎわうかもしれない。 

考えてみれば、卒業してから、科学技術に触れる機会はほとんどなかった。地域に科学技術やものづくりの拠点があれば、企業やNPO、市民団体が情報を共有し、新たなベンチャーが生まれる場としても機能するはずだ。

必要な学問を誰もが学べるシステムを

アメリカで通っていたコミュニティーカレッジを思い出す。老若男女、さまざまな国籍の学生が、多様な目的のために通っていた。キャリアアップを目指すビジネスパーソンも、起業準備のシニアや主婦も、みな、学ぶことが楽しくて仕方がないという雰囲気だった。車椅子に乗った人が、体育の先生だった。年令や性別や障害に関係なく、誰もが学べるユニバーサルデザインの学校だった。若い人も、多様な人々に影響を受けながら、社会に必要な能力や知恵について学んでいった。 

鶴見の高校でも、ITやエコロジー、ユニバーサルデザインなど、将来の私たちの社会に必要な学問を、地域で誰もが学べるようになっていってほしい。独自のカリキュラム策定など、校長の権限を強化したり、民間の知恵を集めることも必要だ。社会に必要とされる教育、社会に必要とされる科学技術、それを知って育つ学生たちは、おそらく将来、社会に必要とされる人材となるだろう。この学校の卒業生たちの20年後を、今から楽しみに思っている。

- 2003年12月24日 「NIKKEI NET」ITニュース面コラム「ネット時評」 -

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