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キーワードは「Invisible」

3月に、サンフランシスコで最新の情報案内システム、トーキングサインシステムを体験した。これは、KettleSmith社が開発した赤外線による情報提供システムで、要所要所にはめこまれた電子案内板「トーキングサイン」から出される情報を手許のレシーバーが受けとって音声で聞くというものである。もともとは視覚障害者の歩行案内のために開発されたものであるが、高齢者や、多言語化が進めば海外からの旅行者にも有益なシステムと思われる。SF市では、このシステムを公的機関が多く集まるCivic Center周辺に配置し、情報提供を広範囲に行なっている。

同社の研究開発者Bill Crandlle氏がCity Hall, オーディトリアム、図書館などを、システムを使いながら案内してくれた。このシステムは日本でも経験はあったが、この広い環境で視覚障害者と共に利用したために興味深いものとなった。建物の中でエレベーターの場所がわかったり、交差点で横断歩道の方向がわかる。同じサインでもそこへ向かっている間は「こちらがOO通りへの出口です。」という音声なのに、そこを通りすぎるて廊下に出ると「これはホールへの入り口です」と内容が変わるような、方向に合わせて数個の案内を装備しているサインもあった。また横断歩道などでは方向性を高めるために、赤外線の角度をかなり鋭角に絞っており、レシーバーが受け取る情報「こちらが○○通りへの交差点です」という案内を聞き分けてそこへ向かって歩くように設定されていた。ただ、わたしたちが英語をよく聞き取れなかったり、道の名前がわからないためにせっかくの情報が理解できない場合もあった。

Civic Centerまわりで埋め込まれているトーキングサインは870個ということである。SFのライトハウスは、市内の視覚障害者に要望に応じてレシーバーを貸し出しているそうだ。空間というインフラに対し、その場所や位置が持つ情報というものを、ユニバーサルに提供しようという試みとして、注目に値する。そのシステムが、傍目にははっきりわからないように、埋めこまれているということ、すなわち「Invisible」であるということが大切なのである。

たとえばCityHallなどの歴史的な建物にも、このトーキングサインは多数、埋めこまれている。とかくハイテクな製品は由緒のある建物の中では浮いてしまいがちだが、ここでは印象をこわさない配慮がなされており、そこにサインがあることは言われないとわからない。でも必要な人に情報は届くのだから、問題はないのだ。ユニバーサルデザインのキーメッセージである、さまざまな人の利用を考慮しながら、しかし、表には障害者や高齢者向けとはわからない洗練されたデザイン、という点で、良いサンプルであると思われる。

これは、たとえば点字ブロックの設置にも現れている。街の中には点字ブロックが日本ほどは設置されておらず、単独歩行を心配したが、たとえば駅のプラットホームの端などの「ここは危険」というところにはちゃんと設置してある。また、SF市立図書館では点字ブロックの代りに、感触の違う石がはめ込んであり、それは階段下の手すり部分へと続いていた。これも、Invisibleな情報提供のあり方の例と言えるだろう。 誰もが使えるはずのエスカレーターやエレベーターに、麗々しく車椅子マークをとりつける自治体が日本には多いが、障害を持つ人も、高齢者も、子供たちや妊産婦も、すべてをコミュニティの構成市民として、さりげなく配慮するデザインセンスが、これからのまちづくり、ものづくりに携わるひとに求められてくるのだと思った。

- 2000年3月 日経デザインへの寄稿 -

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