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障害者、ハイテクでの講演

先日、茉本亜沙子(まつもとあさこ)さんの講演を聴きにいった。講演といっても彼女がしゃべるのではない。自分の原稿をブラウザーに表示し、額に固定した棒で彼女がスクロールキーを押す。同時にパソコンの音声合成ソフトがテキストファイルを読み上げるという仕掛けである。彼女はそのやり方で約1時間半の講演を完璧にこなした。見えない人にも聞こえない人にもよくわかる方法だった。質疑応答にはまた別の機械を使う。50音のキーボードを棒で文章を作成し合成音声で話すというコミュニケーションエイドだ。これを駆使しての当意即妙な答えに、会場は何度か爆笑に包まれた。

コンピューターを使った講演といえば、ホーキング博士が来日したときを思い出す方もあるだろう。わずかな指先の動きで講演原稿を音読させていたが、同じようなことがやっと日本でも少しずつ可能になってきたのだ。

茉本さんは中学への登校中に車にはねられて重傷を負った。意識は明瞭で知的能力も高いのに、それを言葉や表情で医師などに伝えにくいという状態が十何年も続いた。今も全介助で話すことは困難だが、FAXやEメール、合成音声で意思疎通ができ、自立した生活を送っている。彼女の著作「車椅子の視点」(メヂカルフレンド社)を読むと、日本の福祉や医療制度の中では、コミュニケーションがいかに後回しにされているかがよくわかる。パソコンソフトや専用の機器はいろいろ出ているが、それを適用できるリハビリテーション・エンジニアは地域にほとんどないのである。

あなたが風邪をひいたと仮定しよう。そのとき自分の飲むべき薬を知るために、あなたは製薬会社の研究所に電話をかけたりはしないだろう。しかし、このコンピューターを使ったコミュニケーション支援の分野では、それに近い状態が続いている。処方をしてくれる医師も、相談できる薬剤師にあたる人も近所にいないようなものだ。

茉本さんが「このような機器の存在を知っていたか」、と聴衆に問いかけたが、わずか数人しか手を挙げなかった。福祉関係のそれも若い方が中心だったのに、である。ただ、彼女のサポートに地域の方や大学生がパソコン・ボランティアとして参加していたのは良い傾向だと思った。これから地域に必要とされるのは、情報技術に明るいリハビリテーション・エンジニアの育成と、社会人などが高齢者・障害者をサポートするパソコン・ボランティアの組織化なのである。

20世紀はモータリゼーションや医学など、科学技術に多くの進歩があった。しかし、その結果、重い障害をもって生きていく人々を増やしたことも事実である。ならば、その生をより充実したものにすることも科学技術の役割ではないのだろうか? 高齢化の進む21世紀の日本において、人間が「人の間」で生きるための技術が進歩することを願っている。

- 読売新聞サイバートーク1999年1月13日に掲載されたものです -

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