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新しい非関税障壁となるか 米リハビリ法508条

この6月21日から、アメリカでリハビリテーション法508条が施行される。これは、連邦政府のIT機器調達において、障害者にアクセシブルなものしか「買ってはいけない」というものである。この動きは、全米の大学や各州政府に広がりつつある。北米のIT産業はこぞって対応部隊を作り、508条遵守を謳い始め、カナダや欧州連合(EU)も国家レベルでの対応を始めた。果たして日本のIT産業はこの動きについていけるだろうか?

■誰もが使える主流製品の設計基準目指す
 1986年に最初にこの法案が可決されて以来、IBMやApple、MS(マイクロソフト)は機器やソフトのアクセシビリティ部門を作ってきた。しかし、この時点では強制力がなかったため、産業界に及ぼす影響はそれほど大きくなかった。だが、1998年に改正された今回は違う。アクセシブル(障害者にやさしい)でない機器を調達した部門は、職員や市民から提訴されるようになったのだ。一人もそこに障害者がいなくても、6月21日以降はアクセシブルなものしか買えない。10台買うときは、10台すべてがアクセシブルでなければならない。もう、1台だけ特別なものを納めればいいという、特殊解では対応できない。北米のIT産業が、障害者への特殊なものではなく、誰もが使える主流製品の設計基準そのものを目指し始めている。ハードウェア、ソフトウェア、Webサイト、電話機、コピーやFAXなどのOA機器などがすべてこの対象である。
 3月26日にワシントンDCで開催された、政府の調達関係者への説明会に参加してみた。300人を越える調達担当者が集まり、会場は熱気に包まれていた。基調講演を行なった教育省のCIO(最高情報担当責任者)は車椅子ユーザーであり、実際の仕様を決めるアクセスボードのトップは、全盲である。彼がシステム、ソフト、Webなど、さまざまな機器のアクセシビリティについて技術全般を説明していた。

■アクセシブル機器にピンとこない日本企業
 実際、アメリカの企業や公共機関では、障害を持つ職員をよく見かける。ごく当たり前に仕事をしている。IT機器はその就労に大きな役割を果たしている。視覚障害者は音声や点字ディスプレイで情報を得、肢体不自由者は工夫されたソフトやスイッチで入力する。なんらかの支援技術を用いて、IT機器は就学や就労の機会を確実に広げてきた。女性が腕力ではなく知力で勝負してその活躍の場を広げてきたように、障害者もその能力を活かすIT機器により、社会参加がごく当たり前になってきたのである。
 今回の508条は、その流れを加速するものである。北米最大顧客といわれる連邦政府の意向を無視した製品はもう作れない。教育機関や地方自治体がなだれをうってこの法律に準拠していく。対応できなければ膨大な市場を失うだけである。訴訟を受けるコストを考えれば、今の製品ラインをアクセシブルなものにする方が得策だ。高齢者市場のことを考えれば個人市場も膨大だ。アメリカの資産の8割は高齢者が持つとさえ言われる。IBM、MS、Sun Microsystems、EDS、Compaq、Unisysなど多くのIT企業が専門のアクセシビリティチームを持ち、ワシントンでのロビー活動を行なっている。ここには、残念ながら日本のIT産業は食い込んでいない。
 実際には6月21日以降、どんな訴訟が起きるかによって対応が決まるのであろうが、高齢社会の先輩として、本来であれば日本がリーダーシップをとっていい分野なのである。しかし、特例子会社を作ってそこにしか障害をもつ社員がいない文化の日本では、アクセシブルな機器を作ると言ってもピンとこないのだ。戦えるわけがない。このまま、日本のIT産業は、北米市場を失っていくのだろうか?あらたな非関税障壁にならないことを祈るばかりである。

- 2001年4月18日 「NIKKEI NET」ITニュース面コラム「ネット時評」 -

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