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高齢化社会の情報デザインの在り方

  1. はじめに
  2. 障害者支援技術とユニバーサルデザイン
  3. パソコンのユーザーインターフェースをよりシンプルにする
  4. インターネットにおけるユニバーサルデザイン
  5. 今後の展望

1.はじめに

2005年の日本は、成人人口の50%が50代以上になるという。中高年世代の方が社会の半分を占め、消費者や納税者として社会を動かす時代がやってくる。来世紀は明白に高齢社会である。

それと同時に、来世紀が高度情報化社会であることも論を待たない。産業も行政も、今とはかなり形式の違うサービスが必要とされてくる。Web上で本や果物が買えたり旅行予約ができるように、銀行や公的機関の窓口業務も、インターネット上で処理が可能な項目が増えてくるだろう。しかし、ここで困った問題が起きる。変化の速い情報産業は20代のエンジニアが設計している場合が多く、人口の大多数を占める中高年齢層のニーズを把握しきれていない。一般のパソコンはごく普通の人にも難しいが、接触する機会の少ない中高年層にとっては、より敷居の高いものになっている。産業構造が工業から情報へと激変する中で、気づいたら対象者の半分以上にとって「使えない」製品やサービスを提供していたという、笑えない未来像にならないために、情報産業は何をなすべきなのだろうか?ここでは、障害者支援技術を取り込んだユニバーサルデザインの可能性について検討する。

2.障害者支援技術とユニバーサルデザイン

グラハム・ベルは、聴覚障害の母と妻のために、電話を開発した。タイプライターは、盲人が墨字を書くための道具として最初は開発されたものである。また、来世紀の夢の入力方法として期待されている「音声認識」も、IBMの中では最初、頚髄損傷者のワープロとして開発された。このように、障害を持つ人のニーズを解決しようとする中から生まれ、次第に認知されて一般に普及していった技術は少なくない。人間と機械のインターフェースにおいて、何か足りない機能を補おうと努力する。それが新技術につながる。必要は発明の母なのである。もしかすると障害者や高齢者は、技術革新を促進するために存在するのかもしれない。来世紀の「高齢化社会におけるユーザーインターフェース」を解く鍵も、障害者支援技術の研究の中から発見される可能性が高い。

本人は認めたがらなくても、高齢者は「軽度重複障害者」である。軽度の難聴、弱視、認知・記憶障害、運動機能障害を併せ持ち、かつ、誇り高い人々である。彼らが求めているものは、自分の障害を上手にカバーしながら自立した社会生活が送れる製品群である。障害者支援技術でありながら、一般にも使える製品群、または一般製品でありながら障害者にも使える製品群である。これが、ユニバーサルデザインの製品なのである。

海外の障害者支援技術(Assistive Technology)などの機器展に行くと、顧客だけでなく販売員や開発者も最重度の障害者が多いことに、まず驚く。最もニーズを持つ人間が、最も情報を持つ人間なのである。国の障害者施策を説明する政府の高官も障害をもっている。当事者が意思決定するという非常にシンプルなことが、当たり前に行われている。

展示会で紹介されるユーザーインターフェースとしては、音声や赤外線、視線入力などが、かなり一般的になってきた。米国などでは、特別な障害者機器でなく、できるだけ家族や同僚と同じ機器やソフトを使うことを好むユニバーサルデザインの感覚が浸透してきたようである。もちろん、特殊なスイッチや点字ピンディスプレイの需要が消えるわけではない。しかし、それを適用する目的は、家族と同じパソコンやアプリケーションを使って同じ情報を得たいからなのである。専用機から、共用のマシンへ、更に公共の端末へと、障害者支援技術は進化していく。ユニバーサルデザインとは、障害者だけのニーズを満たす少量の特別製品から、より多くの人が使う一般製品へと進化することを意味する。リーズナブルで、美しく、配慮が裏打ちされ、かつシンプルでなくてはならない。また、個々の障害に合わせた製品と「共に使える」よう設計される必要がある。ATMは車椅子と共に使え、Webは画面読みあげソフトと、無理なく連動できるよう設計されるべきである。

3.パソコンのユーザーインターフェースをよりシンプルにする

障害者や高齢者がもっと情報機器を使いこなし、より積極的な社会参加を可能にするためには、2つの改善が必要である。1つは今のユーザーインターフェースをよりわかりやすいものにすることであり、1つは支援技術の内蔵とフィッテングである。

パソコンが電子レンジや掃除機と違って難しく感じる理由は、入力と出力の関係性の複雑さにあると、筆者は考えている。ここではキーボードが必要で、ここではマウスが必要、と、2つの入力装置を臨機応変に使い分けるのは初心者には難しい。

キーボードは、たくさんのキーがある。これはn個の入力である。画面上の入力位置、これはかつてのDOSマシンであれば、カーソル位置であったため、1個であった。n×1の関係だったのである。CUI(Character User Interface)ではキーボードをマスターすればなんとかなった。キーボードを使えて、1点を注視することができれば、どうにか使えたのだ。視覚障害者にとってはDOS環境のほうが使いやすかった。画面上の1点を音声出力したり、その行を点字出力できればよかったからである。しかし、次にGUI(Graphical User Interface)が出てマウスを使うようになり、状況は複雑になった。GUIは単体では実にわかりやすいインターフェースだ。リモコンに近い感覚なので、高齢者にマウスだけでネットサーフィンをしてもらうと習得が早い。その入力は1個であるが、画面上の選択肢は多いという1×nの関係が成立する。しかし、現在のパソコンは、このマウスと、このキーボードが双方とも必要であり、画面上はマウスを必要とするものとキー入力を必要とするものの双方が混在している。すなわち、入力もn、出力もnという、n×nの複雑な関係性を理解しなくてはパソコンをマスターしたとはいえなくなってしまったのだ。高齢者にネットサーフィンとワープロを同じ日に講習すると、混乱をきたす場合が多い。n×nの関係がわからなくなるからである。さらにソフトウェア別に使い方が違うことを×nで加えると、初心者にはますます敷居が高いものとなってしまう。

このn×nの混乱を避ける方法は、やはり障害者支援技術の中にある。手も眼も使わないでネットサーフィンやワープロ入力ができればいいのである。例えば読み上げた声をPCがキーボードやマウスの代りとして認識し、処理し、結果を合成音声や画面表示で返してくれる。視覚障害者にとってのタイプライターと読み上げ装置、肢体不自由者にとってのワープロとして使える。また発話障害者にとっては、特定話者の認識率を高めることで、本人の言葉を解する介助ロボットのような使い方も可能になるだろう。聴覚障害者にとっては他者の声を画面表示するマシンとなる。キーボードやマウスを無くす必要はない。それしか使えない障害者もいるし、キーボードのほうが楽な人もいる。しかし、数年後のパソコンは、Wearbaleやパーベイシブの研究が進み、今とは形状もUIも異なるだろう。エージェントや本人照合などの機能の組み合わせが可能になれば、人間が人間とコミュニケーションをとる1×1の関係にマンマシンインターフェースを「戻す」ことも可能かもしれない。そのような新技術の開発の上で、障害者のニーズを把握していることは、大きな武器になる。健常者の擬似体験だけでなく、障害を持つエンジニアとの共同研究、企画・デザイン段階からの当事者との共同作業が必要である。

障害者のニーズを把握した上でのUIの研究と、それをユニバーサルな観点から製品化することが高齢化社会の情報機器には必要なのである。

4.インターネットにおけるユニバーサルデザイン

パソコンを購入する方の目的は、いまやその大半がインターネットによる情報受発信である。しかし、なんとか接続できても、目指すホームページが高齢者・障害者の閲覧を考慮しているとは思えない場合が多い。細かい字で、読みにくく書いてあったり、視覚障害者や高齢者が使う音声読み上げブラウザーに対応していないケースが多い。Webクリエーターと呼ばれる人々も、情報通信製品デザイナーと同様に、若い人が圧倒的に多い。Webの読者が高齢者や視覚障害者であるという認識は、無い場合が多い。障害者団体やバリアフリーの研究を行っている機関でさえ、表紙からしてほとんど読めないこともある。この問題を解決するには、ホームページのデザインガイドそのものに、アクセシビリティを内蔵させる必要がある。

インターネットの標準を決めているWWWコンソーシアムの一部であるWAI(Web Accessibility Initiative)は、99年の5月にガイドラインを打ち出した。障害者や高齢者に使いやすいWebデザインということで、政府などの公的機関を始め、企業にもこのガイドを守った情報発信を呼びかけている。日本でも、これを受けて、郵政省がシンプルなガイドラインを提案しているが、まだ一般に認知されているとはいいがたい状況である。実際、WAIのガイドラインは技術的な制約も多く、全てを守るとアトラクティブでなくなるような気がするとグラフィックデザイナーが心配するのも理解できる。しかし、ここでも、ユニバーサルデザインの感覚が必要とされるのである。WAIのガイドの中でも、必ず守ったほうがいい項目は、グラフィックアイコンの説明追加など数種類である。

ユーディットのホームページは、傍目にはまったく普通のホームページであるが、音声ブラウザーで聞いても確実に情報がとれ、白内障の方にも読みやすい色を採用している。WAIのガイドラインを忠実に守っても、それほど地味にはならないという例である。障害者・高齢者に使えるよう、「配慮を内蔵する」重要性が情報産業でも認識され、公的機関や企業のサイトはユニバーサルにデザインされるのが当たり前になってほしい。見た目も美しく、かつ、障害者や高齢者にアクセシブルなデザインを標榜するのが、かっこいいサイトであるという共通認識がWebデザイン業界に必要である。

5.今後の展望

ユーザーインターフェースをデザインする際に、障害者の利用を考慮して設計する。それが情報産業においても、ごく普通になるには高齢者・障害者自身が情報発信する必要がある。実際、情報機器を使ってみたいという声は高齢者の中に根強い。さらにこれから増えていくハイパーな団塊の世代は、すでに情報弱者ではないのだ。株のインターネット取引などでは50代以上が主役を占めている。しかし、この世代の加齢に連れて、ユニバーサルデザインの重要度は増してくる。彼等に使えない機器はもう市場性がないということを情報産業は認識すべきである。

情報化社会をユニバーサルにデザインするとどのようなものになるのだろうか?パソコンやインターネットが、高齢者にも障害者にも、また我々にも使いやすいものになっていくだろう。高齢者の意見をネットワーク上で吸い上げ、製品開発に活かすことは今よりもずっと容易になるだろう。では、ユニバーサルな情報化社会の進展は、高齢化社会に、どのような影響を及ぼすのだろうか?

パソコンやインターネットを使いこなすようになった高齢者や障害者は、アクティブに活動する可能性が高い。遊びや仕事の情報を入手したら、行動を開始したくなる。彼ら彼女等が出て街はユニバーサルデザインでなければならなくなるだろう。外に出るにはおしゃれもする。買いたいものが増える。それはユニバーサルデザインであることが必要だ。年寄りくさいものや、見るからに障害者向けはご免である。買いたいもの、行きたい場所が増えると、お金が欲しくなる。もっと働きたい。職場でも情報機器のユニバーサル化が進んでいるので仕事はしやすくなっている。結果として、納税者が増え、消費は増大する。

高齢化社会を迎える日本は、それを歓迎すべきである。工業化社会を脱し、情報産業へと転換を図るのであれば、なおのこと、単純な体力ではなく、知力で勝負する時代が来たのである。仕組みは確かに若い人でないと作れないかもしれない。でもその情報インフラの上に乗る知識や知恵は、高齢者ならではのものも多いはずだ。そのようなユニバーサルな機器やインフラをどう作るか、それは障害の先輩である、障害者に聞けばいいのである。ユニバーサルな情報インフラは、そのために存在する。

情報化社会をユニバーサルにデザインすることで、恩恵を受けるのは、将来の我々自身であり、それ以降の、すべての人である。Information Society for Allを目指したい。

- 1999年9月 ヒューマンインターフェイスシンポジウム99より -

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