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バーチャル企業のリアルな制約

弊社は、全員がネット上で仕事をするバーチャル企業である。障害を持つもの、シニア、子育て中の女性など、正社員4名、登録スタッフ120名の全員がSOHOだ。正社員だけが週一度、本社である私の自宅に会議のために集まる。仕事はMLとWeb上を駆使したバーチャルな環境で行なっているが、日本の環境では会社経営のすべてがネットで動かせるわけではなく、いまだにリアルな制約も生き残っているのが現状だ。

1.はんこ文化国ニッポン
 外資系企業をやめてから、日本がはんこ大好き国家だと気づいた。どんな書類もはんこさえあればOKだ。どこでも買える300円の三文判が本人のサインより大事だったりする。それでいて、いやだからこそというべきかもしれないが、実印や社判は唯一無二でなくてはならない。これがSOHO企業には障壁になっている。

 請求書や領収書、契約書は、作成するときはオンラインでも、送るときは紙にする必要がある。それも朱肉のはんこつきでないといけない。社員たちは、1個の社判をもらうために、わざわざ出社することがある。仕様書と一緒に契約書などが社員宅に紙で直送された場合、もうメール添付で、というわけにいかないからだ。私が海外出張に出ている間は、オフィスをクローズしてしまうため、社員に預けるしかなかった。たった1個のはんこが、「どこでも仕事」が可能なはずのSOHO企業を非効率にしているのだ。

2.銀行オンラインの怪
 「個人の銀行振り込みはインターネットでできるのに、どうして法人はできないの?SOHO企業こそ必要なんだから。」と窓口で何度も行員さんに詰め寄っていた。このところ、ようやくオンラインでの振り込みや残高照会が法人でも可能になったという。勇んで導入してみた。

『ららっ。電話回線でしかアクセスできないの?わたし、せっかくCATVのインターネット接続なのに。』ぶつぶつ言いながらTAから電話線をPCに繋ぎかえる。

『なんだか久しぶりだな。電話の線つないで接続するのって。モバイルもいつもH(エッジ)だし。あれ、このソフトってモバイルでやるときはどうやって端末の認識するんだろう。』とか言っている間にやっとつながった。

『わ、おそ〜い。うう、ユーザーインターフェースがいまいちだな…。全然、オンラインっぽくない…』苦労しつつなんとか9件の入金を終えた。ほっとしていると、銀行から電話が入る。

「さきほど○○銀行の××さまへお振込みされましたか?」

「はい、振り込みましたけど、何か?」

「支店番号が間違って入力されたようです」

「おや、それは大変、修正します」

「いえ、そこではできません。窓口へお越しいただけますか?」

「えっ?窓口?!」

「はい、はんこをお持ち下さい」

「!!!!」

3.窓口へ、が当たり前の感覚
 ATMでは存在しない支店名はシステムではじいてくれるのでこんな事態はおきないの に、オンラインではエラーチェックがないらしい。更に、2日以内に窓口にいかないと手数料が1200円ほどかかるという。その場所まで行けないから月会費1000円払ってオンラインにしたのに、1文字間違ってもその支店までわざわざ出向かねばならず、修正に高い手数料を払わなくてはならない。これでは何のためのIT化なのだかわからないではないか。ネットだから大丈夫と沖縄や函館からアクセスしていたらどうすればいいのだろう?

 これまでの企業は、「常にそばに物理的に存在する」ことが前提だった。社員はみんな同じ部屋に居て、社判は社長の机にあって、銀行はいつも歩いていける距離にあったのだ。いま、バーチャルな環境で仕事をするようになったが、かつてのリアルな世界に存在した「物理的遺物」が、ときどき仕事の邪魔をする。はんこや銀行窓口が、虹彩や声紋などの本人認証、法人格のセキュリティチェックとともにWeb上に完全な形で存在する日ま で、私の会社が持てばいいのだが…。

- 2001年6月27日 「NIKKEI NET」ITニュース面コラム「ネット時評」 -

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