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人間を幸福にしないITという社会へのご意見について

みなさまから、多くのご意見を頂きました。ありがとうございます。また、いくつかのメーリングリストの中でも、激論が起こっていました。一番多かったご意見は、ITそのものに罪はなく、多すぎる量やITの処理方法に問題があるというものです。私もそれに同意します。

私はこの問題を、ITの持つデジタル特性に起因するものだと考えます。ITが、郵便よりも優れた通信手段であることは、世界各国の、さまざまな年令や障害の友人たちと自由にコミュニケーションをとれることからしても明らかです。しかし、郵便や直接会う場合に比べて、ITによるコミュニケーションは、直感を使えないというデメリットも持っていると思います。私も、毎日多量の郵便物を受け取りますが、それがどこの誰から来たものか、自分にとっての重要性はどうか、ほぼ一瞬で判別できます。郵便物にも「顔」があるからです。電子メールの場合、その「顔」があまりにも均一化されすぎていて、多くのメールの中から重要なものを直感で識別することが困難な場合があるのです。

これは、おそらく人間の認知能力の問題です。われわれは、声や、手書きの文字や、顔や、印象といった多くの感覚で、何かを識別するという長い認知の歴史を持っています。知らない人からの手紙でも、その筆跡や切手の貼り方まで、その人の人柄を偲ばせる場合があります。ITは、そのようなアナログの部分を伝えきれない場合もあり、結果として受け取れない情報、直感で識別できない部分も増えたのです。今回の私の事件は、その例だと思います。もし手紙だったら、私は彼の名前や筆跡から何かを受け取ったはずです。顔を見れば、何かに切羽詰っていると判断できたでしょう。一般的な題名のメールに、それを想像することはできませんでした。本人の表情を示すアイコンでもついていたら、また違ったかもしれません。

量も、問題が大きいですね。認知科学者のDonald Norman氏の最新作「パソコンを隠せ、アナログ発想でいこう!」にも、出張にはパソコンを持ちこまないエグゼクティブがアメリカでも増えていると報告されています。メールより健康さ!が合言葉で、「テクノロジー禁止エリア」の設置を提案しています。私も出張先ではメールを読みたくありません。でも、今回の件も、出張後の膨大なメールの山が原因で起きたことなので、今後どうしようか、悩んでしまいます!

わたしはこれまで、ITのダークサイドを心配する人に対して、ずっと性善説を唱えてきたつもりです。「たしかに、たまには包丁で人を殺すこともあるかもしれません。でも、99.99%以上の包丁は、家族やお客さんに、おいしいものを食べさせるために存在しているんですよね。ITも同じです。」って。

たしかに、もうITのない社会は考えられません。先日、南九州病院の筋ジス病棟にいるCG画家、日高さんから、やっとネットにつながったと初めてメールが来ました。「僕の絵をこんなふうに紹介してくれてありがとう。何時間も見ていました」弊社のホームページに、彼の作品を公開していたからです。

彼とはこれまではずっと郵便でファイルのやりとりをしていました。つながることの喜び、表すことの楽しさ、そのような、ITの価値をよく知るからこそ、デジタルが今はまだ表せない多くの感覚を伝える方法や、量や内容を公害(!)にさせない方策も、IT社会の今後の課題として、考えていきたいと思っています。

- 2001年2月23日 「NIKKEI NET」ITニュース面コラム「ネット時評」に掲載 -

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