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情報のユニバーサルデザイン - 高齢社会のITの在り方 -

まもなくヨーロッパ諸国を抜いて、わが国は世界一の高齢国になろうとしている。100年かかって高齢国家となった諸外国に比べると、産業界の意識はその人口構成比に追いついているとは言い難い。特に、若者文化の中心のように言われる情報通信(IT)産業においては、都会の20代30代のユーザーだけに焦点を絞った製品企画が行なわれ、高齢者の多い地方ではパソコンやインターネットの普及は進まず、まだ個々の家庭にまでITが根付いているとはいえない。使いこなせればこれほど便利なものはないのだが、数の多いキーボードや画面のわかりにくさが、主婦や高齢者をITから遠ざけてしまっている。これは猛烈な勢いで進歩するIT環境に、日本の国民の大半がついていけない状況を生み出すものである。まもなく50代以上が成人人口の50%を占める日本において、ITを広く市民のものとするために、高齢者・障害者・子供・妊産婦など、多くの人のニーズを最初から考えて設計する、「ユニバーサルデザイン」の考え方が貢献できるものは何か、その例などについて述べる。

1.音声認識

キーボードでは入力が難しい、でもなんとかパソコンを使いたいという方にとって、自分の声だけで入力ができるという「音声認識」はなかなか魅力的な技術である。IBMの音声認識ソフトは、もともとは頚髄損傷者のワープロとして研究が着手されたものであった。その後、市場価値が高いとして一般製品化されたのである。障害者のニーズが技術革新をもたらしたケースであると言える。米国の市場では、IBMのViaVoiceと、Dragon社のDragon Dictateが人気を2分しているが、頚髄損傷者にはDragonの製品のほうが使いやすいようである。しかし日本語版は、ViaVoiceのほうが一般に出ている。

音声認識は、キーボードやマウスを使うことが困難な人だけでなく、たまたま手がふさがっている人、何かを書きながらパソコンで情報検索をしたい人など、実にさまざまなユーザーのニーズに応えるものである。キーボードを覚えるのが困難な高齢の視覚障害者にとっては入力支援になる。相手の会話を画面で見たい聴覚障害者にとっては、会話の支援として期待されている。声紋を本人認証に使ったり、自然言語の認識率が向上すれば、ドアホンに声をかけるだけであなたの名前を呼んで扉が開く「開けゴマ」モードも可能になるだろう。

最初は障害者のための技術が、さまざまなニーズに対応していき、来世紀にはより洗練されてわれわれの声を場合に応じて聞き分ける、賢いユーザーインターフェースが成立していることを望むものである。

2.音声合成

視覚障害者にとって、パソコンの画面を「読む」ことは難しくても、文字を合成音声で読上げてくれるソフトがあれば、「聞く」ことは可能である。視覚障害者にとっては、かつての文字ベースのCUIパソコン(CUI:Character User Interface:画面が基本的に文字で構成されているもので昔のワープロなどはこのイメージ)の方が、使いやすいものであった。日本でもVDMなどのソフトが広く普及している。これに対し、MacやWindowsなどの画面は、GUI(Grafical User Interface: 画面上はアイコンなどの絵や文字で構成され、マウスなどで指し示す)と呼ばれ、晴眼者には使いやすいが視覚障害者にとってはアクセスできないものであった。この原因は、GUIが発売された当初、その画面を読み上げるソフトの開発が追いつかなかったためである。米国ではこれが原因で失職する視覚障害者が続出し、遂にマサチューセッツ州でMicrosoftがADA違反で訴えられるに及んで、GUI画面を読み上げるソフト開発やそれに対するプログラムインターフェース公開が普及した。最初から障害者の利用に対し配慮することを怠った代償を、ここでMicrosoftは理解したのである。

日本においては、Windowsの画面を読み上げる製品として開発された98Readerが一般的である。日本語の読み上げエンジンは英語圏と違うため、海外と同じ製品をそのまま持っては来にくいという難点がある。また、ホームページを読むのに特化した製品として、ホームページリーダーやボイスサーフィン、眼の助(がんのすけ)といった製品が出ている。

これらの読み上げソフトは、かつては外付けであった音声合成装置や読み上げ機能が、「最初から内蔵された」ものが一般的になっていった段階で、より、ユニバーサルなものへと変化した。単にソフトだけを導入すれば、そのパソコンは、全く雰囲気を変えないままで視覚障害者が家族と一緒に使えるものになるのである。これは、結果として、文字が読みにくい高齢者、まだ難しい漢字が読めない子供、海外からの留学生などにも、情報をわかりやすくする。障害者向けというと、特殊なパソコンしかイメージできない時代は終わった。ごく一般の製品に、自分の必要な機能だけを傍目にはそれとわからないように追加して、家族みんなで使える、そんなユニバーサルな環境が整い始めている。

3.放送のユニバーサルデザイン

日本では字幕がついている番組を探すのが難しいが、USではゴールデンタイムに字幕のない番組を探すのは不可能に近い。最初から、CC(クローズドキャプション)をつけて流すのが、ごく一般的になっており、付いているのが当たり前になっている。USのホテルでは一般の部屋でもテレビのリモコンにCCというボタンがついていることが多く、これを押すと画面に当たり前のように字幕が出る。USでは、13インチ以上のテレビには、字幕のためのデコーダーチップを内蔵するのが決まりなのだ。これはもちろん最初は聴覚障害者のために作られたものであったが、あらゆる番組とあらゆるテレビに字幕のための機能が付くようになって、状況は劇的に変化した。

まず、使う人間が、聴覚障害者だけではなくなった。学齢期の子供、高齢者、外国からの旅行者、英語を母国語としない人、騒がしいスポーツバーなどで、字幕は当たり前に使われている。メロドラマのクライマックスで、突然の電話に出なくてはならない、でもドラマの筋も追いたい、という切迫した?状況で、米国の主婦はためらわず、CCのボタンを押すそうである。もちろん、電話で会話しながら、眼はテレビの字幕を追うためだ。

次に、デコーダーチップの価格が安くなった。かつては外付けのデコーダーは100ドル以上もしたが、内蔵されたチップは数セントである。すべてのテレビに付くことで、コストは激減した。障害者向けの特殊なテレビでしか見えないわけでもない。誰でも情報を共有できるのだ。もちろん、字幕を追加するためのコストや労力は小さくはない。でも、最初にわずかなコストをかけるだけで、受け取る側のコストは限りなく少なくなる。これも、UDのもたらすメリットである。できるだけ多くの人に情報を伝えることが使命と信じたメディアの人々と、テレビ局に「字幕をありがとう」という手紙を送りつづけた当事者と、より効果的でコストのかからない方法を探求しつづけた技術者の、三者が30年かかって辿りついた成果であると思っている。

4.情報のユニバーサルデザイン

以上、いくつかITのUDの例を見てきたが、いずれも製品や情報の「上流行程」においていかに当事者のニーズを把握し、配慮を埋め込むかの努力の結果である。私の研究テーマであるインターネットのユニバーサルデザインも、ホームページの中の情報を、さまざまな人のニーズに合うように、どうすれば最初からデザインできるかという問題である。インターネットの標準であるW3CのWAI(Web Accessibility Initiative)というガイドラインに沿ってWebをデザインすれば、視覚障害を始めとするさまざまなニーズの方にもわかりやすいサイトになるのだが、日本ではまだこの存在を知る人さえ少ない。最初からほんの少しの配慮をすることで、多くの人の使いやすさを向上させることが可能なのだが。今後は、日本の省庁や自治体、主要企業のホームページが、アクセシブルに情報を提供するお手本となることを願うものである。

今後、高齢者が増え、多くの軽度重複障害者が増えてくれば、健康な成人男子を中心に設計しそれ以外は後付けで、というこれまでのバリアフリーのアプローチではものづくりが難しくなっていく。情報を作る場合も同様である。後から小手先でバリアを取ろうとするのではなく、上流行程からできるだけ多様なニーズ、意見を入れてデザインする手法が確立されるべきである。ISO13407のヒューマンセンタードデザインや、Copolcoに代表されるような、技術からではなく、ニーズからものづくりを行なう姿勢へと企業や行政が変わる必要がある。

弊社は、正社員5名、登録スタッフ80数名だが、仕事はすべてネット上という、バーチャルカンパニーである。18歳から75歳まで、在宅の重度障害者や要介護者を抱える主婦などが全国から集まっている。ネットの中で、使いやすさやわかりやすさについて、さまざまなユーザーの声を届けたいと願う人々である。ユニバーサルデザインのものづくり、情報づくりに、インターネットの中でユーザーの声を集める弊社のような手法が貢献できることは多いと思われる。サイレントマジョリティの意見が、静かに社会を動かす日本であってほしいと願っている。

- 2000年9月 人間生活工学への寄稿 -

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