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APEC主催・韓国ITキャンプに参加して

 8月に韓国へ行く機会があった。APECが主催した障害を持つ若者のためのITキャンプにパネラーとして招かれたのだ。 

 アジア・パシフィック各国から集まった約600人の障害を持つ中高生がWeb作成の腕を競ったり、ネットゲームで対戦している。残念ながら日本からは4~5人しか参加していなかったが、韓国からは200人近く来ていたようだ。2年前に訪問したときには、まだ建物のユニバーサルデザインもこれからという印象があったが、今回、オープンしたばかりの仁川空港のアクセシビリティは完璧であったし、金大中大統領の意図を受けて、IT関連のアクセシビリティも急速に改善されてきているのだろう。昨年制定された、デジタルデバイド法では、障害者や高齢者のアクセシビリティ向上が明確にうたわれている。どうやらこのエリアでもトップを目指しているらしい。

障害者と健常者が半々で学ぶ大学

 しかし、法律制定からまだ1年である。今回、なぜ急にこんなイベントをホストする気になったのか、といぶかりつつ、2日めの会場となった福祉リハビリ大学へ行ってみて、仰天した。駐車場のすべてのロットに車イスマークがついている。そこは2002年に開講したばかりの、障害者と健常者が半々で学ぶ大学だったのだ。定員350人。キャンパスも寮も、すべてアクセシブルである。支援技術はまだたくさんはなかったが、同じクラスの中に、視覚・聴覚・肢体不自由の学生が、障害のない学生と共に学んでいるという。学科はIT系をはじめとして、宝石加工や手話通訳者養成まで幅広い。 

 最初は、「一般大学に障害者を入れるんじゃなくて、障害学生を中心に集めるなんて、別ルートじゃん、ユニバーサルデザインじゃないよ」と思っていたわたしだったが、だんだん構内を見ているうちに、これも悪くないと思えるようになった。障害を持つ学生が、障害を持たない学生とばりばり議論している。どっちも手加減なんかしない。甘えもしない。

「ここで学ぶ障害を持たない学生にも期待」

 そんなわたしの思いを見透かしたのか、学長は言った。「わたしたちは、ここで学ぶ、障害を持つ学生が国のリーダーになっていくことを期待しています。彼らは企業に入ったり省庁で働いたり、また教壇に立って後進を指導するでしょう。でも、それと同じくらい、わたしはここで学ぶ、障害を持たない学生にも期待しているのです。彼らは、多くの障害学生と、日々接しています。競争し、議論し、一つの課題を力を合わせて解決したりします。障害が人によって違うことも、それを当たり前として受け止める社会をも、ここで学びます。彼ら・彼女らが社会に出て10年以上経てば、きっとこの国はもっと良くなると思います」 

 なんだか、恥ずかしかった。悔しかった。そしてうらやましかった。ものやまちを作ることだけが、ユニバーサルデザインではない。ものやまちを作るのは人間だ。その人間が、ユニバーサルな考えをもっていなかったら、できたまちやものが、ユニバーサルになるわけがない。「ひとづくり」をユニバーサルデザインで行う必要がある。その本質を、彼は明確に理解していた。

日本だけが遅れている障害者受け入れ体制

 アメリカではすでに25年以上前から、教育における障害者差別を禁止している。大学は障害を持つ学生を約4〜7%、受け入れている。イギリスでも今年、DDA(障害者差別禁止法)が教育を含むこととなり、国家プロジェクトとして大学への障害を持つ学生受け入れに奔走している。コストのかかる建築物のバリアフリー化は数年かけて行うが、まず、コストのあまりかからない、ITによるバリアフリーを先に進めるのだ。アクセシブルなWebデザイン、テキストの電子化と共有、字幕と副音声付ビデオ教材の作成など、ITが貢献できることから手をつけるという。7%程度の障害学生の割合を、10%近くにまで持っていく計画である。翻ってわが日本では、割合は0.09%にしかならない。学習障害の認定度合いが違うという問題は残るが、それにしても他の先進国では信じられない低さである。文部科学省には専門の担当官もなく、各大学の教官のボランティア精神に頼っている状態だ。この割合で、企業の法定雇用率1.8%を達成できるわけがない。ユニバーサルデザインをきちんと理解している卒業生を、期待しても無理なのだ。 

 別れ際に握手をしようとして気がついた。彼の左手は義手だったのだ。 

 「朝鮮戦争でなくしたんですよ。わたしは5歳でした。これ? ははは、よくできた義手でしょう。はた目にはわかりませんよね。この大学では、きっとこのような義手は20ドルくらいで作れると思いますよ」 

 おそるべし、韓国。IT産業だけではない。このような支援技術やユニバーサルデザインの分野でも、あっさり抜かれてしまうかもしれない。ま、ここの卒業生になら、悪くないか。APECがこのイベントの最初の開催地に韓国を選んだ理由を、骨身に染みて感じたITキャンプであった。

- 2002年10月17日 「NIKKEI NET」ITニュース面コラム「ネット時評」 -

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