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ITが開く福祉社会 - 海外の動向 -

欧米、特にアメリカにおいて、ITは機会均等を実現する有効な手段とかんがえられている。3月に西海岸、6月に東海岸を訪問したのでそれを報告する。

1.障害者とテクノロジー会議(ロスアンゼルス)

3月19日から22日まで、総勢22名のツアーを組んで米西海岸を訪問し、障害者を取り巻くIT環境を見てきた。中心となったのは、ロサンゼルスで開催される「障害者とテクノロジー」会議である。これは今年で15回目を迎えるもので、CSUN(カリフォルニア州立大学ノースリッジ校)の障害者センターが主催するため、関係者には「シーサン」と呼ばれている。会場は電動車椅子と盲導犬であふれ、発表者・展示者・参加者として、障害当事者が活躍している。米国政府の情報施策を全盲の政府高官が演説し、ハイテク企業のアクセシビリティ戦略を障害をもつエンジニアが説明する。総参加者は約4000人、企業展示は350社ほどであった。この会はカリフォルニアで開催されるため、IT産業の参加者や発表が特に多い。マイクロソフトやSunMicrosystems、IBMといった企業が大きなブースを構え、熱心に各社のアクセシビリティ戦略を説明していた。

目立ったのは音声認識と音声合成を組み合わせたJawBoneというソフトで、視覚障害者のネットアクセスツールとして広く普及しているJawsの後継製品であり、肢体不自由者の入力ソフトとして有名なDragon Dictateとの組み合わせであった。合言葉は‘Eyes Free、Hands Free‘で、キーボードやマウスに一切触ることなく人の声で入力ができ、また画面に一切目を向けることなく合成音声で内容を確認できるというものである。会場は黒山の人だかりであったが、そばにいた全盲者が、「なんて素敵なユニバーサルデザインなんだ!」と言っていたのが印象的であった。このような、障害者にとって有益な技術は、実は誰にとっても有益である場合が多い。米国の障害者支援技術がユニバーサルにデザインされることの利点を理解し、また障害者自身もそのことを支持しているのがよくわかった実例であった。

この西海岸ツアーでは、この他、バークレーやシリコンバレーを訪ね、企業や大学で活躍する重度障害者に街や職場を紹介してもらった。中でもSunsystemsでJava Programmerとして活躍する茂森氏の話は圧巻であった。重い脳性まひで発話障害がある彼は、コンピュータサイエンスを学びたくて入学を希望したが日本ではどこの大学からも受験許可がおりない。「実験ができないから」というのが理由である。やむなく社会系の学部を卒業したが、あきらめきれない彼は単独で渡米を決意する。粘った末の英会話学校への入学、バークレー大学への進学、同級生による授業のサポートなどを経て、なんと彼はコンピュータサイエンス学部を上位10名という素晴らしい成績で卒業し、そのままSunMicroへ入社した。わたしはこのような華々しい経歴のエンジニアを、他の日本人では知らない。米国の社会が、Disabilityでなく、Abilityを重視する例といえよう。教育の機会均等が、今後の日本には最も必要とされていると思う。ADAと並び重要視されているIDEAのような障害を持つ子の教育権が、もっと日本でも議論されるべきだ。

2.ユニバーサルデザイン国際会議(プロビデンス)

6月にはまた20名ほどのツアーを組んで今度はロードアイランド州プロビデンスで開催されたユニバーサルデザイン(以下UDと略す)国際会議に出席した。これもNPOであるBostonのAdaptive Environment Centerが主催するもので、世界各地から700名ほどの参加があった。UDの基本理念、概念、実際のデザインスキルの向上などが主な主題であったが、2年前に比べ今回の特徴はIT産業の参加や発表が増えていた。これは政府のIT調達基準をアクセシブルなものだけとするリハビリテーション法508条の影響や、企業のデザイン基準をアクセシブルにする通信法255条の影響も大きいものと思われる。

招待講演に訪れたFCC(連邦通信委員会)の議長、William Kenard氏は、デジタルデバイドの解消のためにも、障害者や高齢者にアクセシブルな機器・コンテンツを最初からデザインする「ITのユニバーサルデザイン」の重要性を力説していた。

セッションの中では、私は主にホームページのアクセシビリティのコースを選んで出席した。インターネットの標準を決めるW3CのWAI (Web Accessibility Initiative)という組織は、毎日、爆発的に増えつづける量のWebサイトをなんとかアクセシブルにしていこうと努力を続けている。今回、米国、ポルトガル等で公的機関のWebサイトはアクセシブルでないと公開できないように規制が進みつつある。日本でも郵政省がこの問題に取り組んでいるが、現実には若いWebクリエーターが多く、高齢者や障害者のニーズはほとんど認識されていない。かくして障害者団体のサイトさえ障害者に読めないという事態が出現している。これは障害者施設にエレベーターをつけないようなものであるが、日本ではその弊害はまったくと言っていいほど理解されていない。今後の早急な手立てが必要だ。

またこの会議の後、Bostonへ行き、放送のUDを進めているNPOであるWGBHのNCAM(National Center of Accessible Media)を訪問した。ここでは字幕放送を付加するためのあらゆる研究や支援を行っている。ここで最新のデジタル字幕追加装置などを見せてもらった。米国ではすでに2006年にはすべての新番組に字幕が付加されることが決まっている。優秀な入力者の育成なども、組織だって行われている。情報アクセスは基本的な権利として認識され、法律や産業界もそれに歩調を合わせて20年以上かけて進んできた結果である。たとえばデコーダーは13インチ以上のテレビには最初から内蔵されている。

別付けであれば何十ドルもかかるが、最初から全部に組みこめばだった数セントのコスト増加でしかなく、しかもすべてのテレビで字幕が見えるのである。これは海外からの旅行者や言語習得中の子供にもメリットがある。UDの考え方が結果としてさまざまな人に利益をもたらした例である。しかし、日本ではかな漢字変換の速度などのネックがあり、字幕放送は遅々として増えていない。放送局は完全な字幕を求めず、聴覚障害者側も技術の制限を理解して、良い関係を築いていただきたいものである。

以上、2つの会議を報告したが、日本の現状を考えると、まだまだこれからという感も強い。ただ、幸か不幸か、健常者へのIT普及も遅れているために、障害者の情報アクセスの不備による不利益が、まだ目立たないというのが実情であろう。今後、福祉業界のIT化を促進し、当事者のIT活用を支援する活動の本格化を望むものである。

- 2000年9月 シルバー新報への寄稿 -

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