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ユーザーに教わる姿勢を基本とした

 ユニバーサルデザイン(以下、UDと略す)という言葉が、ものづくりやまちづくりにかかわる人々の間に少しずつ浸透しつつある。さまざまなユーザーのニーズを配慮してものやまちを作るという考え方である。
 これまで長い間、ものづくりの中心は、健康な若年・壮年層を中心に考えられてきた。Mr. Averageという考え方である。実際には、使う側は、健康な成人男子だけではなく、子供、女性、シニアなど多様であり、これまでのものづくりは必ずしもその声を反映してきたとは言えない。日曜日に車で郊外の大型量販店にやってきてものを購入する層は、働き盛りの男性であっても、それを毎日使う層は、主婦であり、シニアや子供たちなのである。
 また、これまで企業は、若者にうけるものづくりに腐心してきた。しかし、大学の衰退に見られるように、18歳人口は日本でどんどん減少してきている。2005年には日本の成人人口の50%が50代以上になる。女性に限って言えば、すでに2001年、今年が50%を越えると言われている。消費者・有権者・納税者の約半分が、50代を越える時代が目前に来ているのである。このサイレントマジョリティである層の声を聞かずして、もうものづくりやまちづくりはありえない。

「ユーザーに教わる」家電製品のデザイン

 しかし、さまざまなユーザーの声を聞くというのは、なかなか大変なことでもある。東芝は、家電メーカーの中でも、このユニバーサルデザインにかなり配慮したものづくりを気がけている企業の一つである。今回は、同社のデザインセンターを取材する機会が得られたので、その取り組みを紹介したい。
 同社のデザインセンターでは、家電というものは、さまざまな人に使われるのが本来の姿、というコンセプトを根本において設計・開発を進めている。全自動の洗濯機、掃除機、冷蔵庫など、さまざまな家電製品の設計段階に、妊産婦、シニア、障害を持つユーザーなどをデザインセンターに招き、そのニーズを伺ったり、実際にモックアップ(試作品)を使ってもらって使い勝手を検証している(図1)。これらの意見を、デザインに反映させ、より使いやすく、かつ「かっこいい」、ユニバーサルなデザインを目指しているのである。

 東芝デザインセンターの仕事には、その中に一貫して流れている考えがある。「ユーザーに教わる」という態度である。
 これは、UDを進める上で、非常に大切な態度である。シニアや障害者は、そのニーズにおいて専門家なのだ。米国などのUD関係者は、彼らをUser Expertと呼ぶ。デザイナーが知らないことを熟知しているのだ。教わるしかない。製品の使い勝手を評価してもらい、より建設的な提案を受け、良いデザインを誉めてもらうことで、デザイナーはユーザーの要望を理解し、より良く、より多くの層に使ってもらえる市場性の高い製品を作り出すことができるのである。
 これはもう、少数の特別なニーズを持った人だけに対しての、限られた社会貢献ではない。その人々が使える製品を作り出すことで、実際はそれを使いにくいと感じていた多くの層の支持を受ける。ユニバーサルデザインは、市場を広めるための一つの有効な方法なのである。

UDの真髄はそのプロセスにある

 このUDのプロセスでは、ユーザーとデザイナーが一つのコンセプトを一緒に考えていくという方法を取る。UDにおいては、このプロセスの共有が、最も大切である。もちろん出てきたアウトプットも大切ではあるが、一個の製品ですべてが解決するわけではない。
 これは、言い替えれば、デザイナーにとっては人間を中心にものを考えるよう自分を訓練するプロセスであり、ユーザーにとってはものづくりのどの段階で意見を言えばいいか理解するためのプロセスである。これまで全く遠くに存在し、共通の言語体系さえ持たなかったかもしれない2つの人種が、直接出会って和解するプロセスに例えられるかもしれない。
 東芝デザインセンターのチームも、さまざまなユーザーと出会う中で、「目からうろこ」という体験を何度もしたという。その中でも最もアトラクティブな体験といえるのが、障害者の意見だったという。デザインセンターがまとめた資料「障害者に教えていただいたこと」から、その中身を少し紹介しよう。

・ 思い込みは絶対だめ。必ず確かめること(検証)を怠らないこと
・ 点字があるだけで満足している健常者の間違った考えがはびこっていること
・ 聴覚障害者の悩みを理解していないこと
・ 家電は障害者にも必需品なのだから、より使いやすいものであるべきこと
・ 視覚障害者が驚くほど几帳面に家事をこなしていること
・ 携帯電話が視覚・聴覚障害者にとって必需品となっていること
・ ただ使えればいいというのではなく、快適性が大切なこと
・ よかれと思ってやったことでもそれが使いにくい原因になってしまう場合もあること
・ 造形面でもよいデザインであってほしいこと
・ 専用品でなく、共用品を望まれていること

 このような報告や、実際に車椅子ユーザーやシニアが家電を使っている写真などの状況を見ると、東芝がいかに「使い手のニーズ」と「作り手の気持」をつなげようとしているのかがわかる。これがUDの真髄かもしれない。市販製品となって社会に浸透するには時間がかかるかもしれないが、デザイナーの意識が根本から変わることによる好影響は大きい。

ISO化などでますます重要になるUD

 今後、国際的にもこの流れは加速していく。ISOでも障害者への配慮やユーザビリティ、アクセシビリティなどの基準を定めてきている。またアメリカでは連邦政府の調達基準をアクセシブルなものだけに限定したり、IT機器の設計においてさまざまなユーザーの関与を義務つけるという傾向もある。これは北米だけでなく世界市場を狙う日本の企業にとって、看過できない状況と言えるだろう。
 東芝のように、多様なUserExpertと対等にニーズや要望を語り合うという文化の企業でなければ、21世紀のものづくりには生き残れないと、言えるかもしれない。

- 2001年4月27日 日経BP ユニバーサルデザインコラム-

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